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石川寛/大館市立城西小学校

17ishikawa01日時・参加者
平成27年10月30日 159名/4,5,6年生
内容
城西小学校の卒業生である講師による講話をおこないます。自身の小学校時代の思い出や大館市への思い出を話してもらうほか、これまでに講師が制作したCMや映画を上映し、映像表現の魅力や奥深さを学んでもらうことを目的としています。

 


第17回目の芸術家派遣事業は、講師に石川寛さんをお招きし、城西小学校を訪問しました。石川さんは6年次に同校に在籍し、授業に参加した生徒たちの先輩に当たります。授業会場となったランチルームには、「映画監督 石川寛先輩 夢授業」という大きな横断幕が掲げられました。

授業冒頭、石川さんは会場のスクリーンに、1冊の本を映し出しました。赤い表紙に「1976」という文字が刻まれたこの本は、石川さんが城西小学校を卒業した年の卒業アルバムです。個人写真や集合写真、学校行事でのスナップショットなどをスクリーンに映し出しながら、城西小学校での思い出を振り返ります。そして、アルバムに収められた卒業生らによる寄せ書きも映し出されました。スクリーン中央には、講師がつづった将来の夢もあります。
「ジョン・ホードのような映画かんとくになりたい 寛」
笑顔でピースサインを向ける自画像が横に添えられています。しかし、ずっと「映画監督になりたい」と考えていたわけではなく、「将来の夢を考えた時にふと浮かんだ」そうです。絵を描くことや、ジョン・フォードによる西部劇の映画を観ること、劇に参加すること—様々な「好きなこと」があり、それが「映画監督」という夢を綴るに至ったのではないか、と石川さんは振り返ります。

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石川さんは自身が手がけたCMをいくつか上映しました。時系列順に連続して見ていくと、ある時点から作風に変化があることに気づきます。この変化について、石川さんはCMに「『物語』がある」と話しました。「揺れながら生きている人」の姿を映し、観た人の心を動かす—短い「物語」を多く作る内に、石川さんは映画を作りたいと考えるようになったそうです。
「映画を作るには何が必要だろう?」石川さんに問いかけられると、生徒たちから声が上がりました。「仲間!」「お金!」元気よく答える生徒たちに対し、「その通りだね」と石川さんは笑顔で応えました。そして、もう一つの必要なものとして、いい作品を作りたいと思う「熱意」があると話しました。映画を共に作る「仲間」となる出演者やスタッフと、制作費となる「お金」を集めるために、これまでに自身が作ったCMの作品集と「熱意」を持って人に会いに行ったことを話しました。そのような過程を経て生まれた作品である『好きだ、』の一部を上映しました。この映画は2003年に大館市内で撮影され、講師にも生徒たちにも馴染みのある風景が登場します。米代川の土手や長木川の河川敷—市内のどこを撮影したのか、すぐに気づいた生徒もいます。大館の「銀色がかったグレーの空」に自分の原風景を見出し、その変わりやすい空模様が、登場人物の揺れ動く心模様を表現するのに合っていた、と石川さんは撮影の意図を語りました。

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授業最後に設けられた生徒からの質問や感想発表の時間には、自校の先輩としての石川さんと彼の作品に対する親近感が伺えるものが多く聞かれました。印象的だったのは、「将来の夢に向かって、自分も小さなことからコツコツと頑張りたい」という感想です。自分が本当に好きなことを突き詰めて探していったことが、小学校の卒業アルバムに書いた「映画かんとく」の夢に繋がった—石川さんの話は、将来の夢を考える機会を生徒たちに与えたのではないでしょうか。


講師略歴
石川寛(映画監督、CMディレクター)
1963年生まれ。「資生堂マシェリ」「SHISEIDOパーフェクトリキッド」「アステラスのくすり/移植の少女」篇など、多数のCMを制作。監督作の映画「好きだ、」(2006年)で2005年のニュー・モントリオール国際映画祭で最優秀監督賞を受賞。ほか映画作品に「tokyo.sora」(2002年)や「ペタルダンス」(2013年)がある。2013年の「ゼロダテ美術展」の「映画フェス」に参加し「ペタルダンス」が上映された。